悲しいお知らせがあります。

 

日産自動車九州の野球部 丸山豊揚(とよあき)主将が2002年11月19日夜 お亡くなりになりました。まだ、29歳の若さです・・・。

11月13日、北九州市小倉北区の北九州市民球場での対JR九州戦でライト前ヒットで出塁後、突然けいれんし倒れ心肺機能停止、緊急入院した病院にて残念ながら帰らぬ人になりました。

御冥福をお祈り致します。

以下は11月21日の毎日新聞、19面京築版の記事を一部抜粋します。ご了承下さい。

 

「ありがとう丸山」

日産自動車九州野球部の丸山豊揚(とよあき)主将(29)の死去から一夜明けた20日、ナインや関係者ら70人が丸山選手のひつぎを苅田町新浜町の野球部グランドに迎え入れて冥福を祈った。

「最後にグランドを見せてやりたい」という家族の要望があり実現した。午後2時頃、丸山選手のひつぎは妻優子さんと幼い息子2人、両親らに付き添われて車でグランドに到着した。

 ひつぎはナインに抱えられてダイアモンドを一周。丸山選手のポジションだったショートの守備位置では全員が立ち止まり、野球部の応援歌「世界の恋人」を歌い、丸山選手をしのんだ。ナインはこの後、グラウンドでノックやランニングなど通常の練習メニューをこなした。

 

選手の皆さんは泣きながら必死に練習に打ち込んだことと思います。

突然の訃報で、自分は何をどうしていいか分りません。ましてや選手をはじめ関係者の皆さんの心中は空虚感と断腸の思いである事と思います。今はとてもレンズを彼らに向けることはできません。でも、自分は苅田の人間です。また日産自動車九州の野球部を応援しょうと思います。

2002.11.21.